こ・・・こんにちは、隅っこです。
わーい、前回の更新から3か月以上放置してしまった・・・( ;∀;)
前回の記事の中で「CBTのワークやってみた感想、近日公開します(`・ω・´)」とか書いといて、3か月も放置・・お恥ずかしい。。(そして、記事は書けてません😇)
言い訳半分ではありますが、一応ここまで放置することになった原因がございます・・今回はその「原因」についてと、「今後の目標」に関して書かせていただこうかな、と思います。
来談者中心って大事。・・でも、どの程度「科学的」なの?
このブログでも何度も書いていますが、私は昨年からカウンセリング講座に通っています(今は毎週の講座ではなく、月に二回のゼミに参加してます)。
そこで学びやロールプレイを通じて「その人自身を知りたいという気持ちで話を聴くことで、相談者さんが自ら自分の中の答えや可能性に気が付く」というプロセスを理解・体感しました。
「アドバイスもジャッジもせずに話を聴くこと」って、簡単じゃないけどすごく大切。
でも、同時に「自分が体感したこのプロセスって、どこまで根拠に基づくものなんだろう?」という疑問も持っていました。
「話を聴く大切さ」は体感したけど、それを他の人に客観的に説明できるのか、と言われるとできない。
このことに、カウンセリング講座に通ってたときも、何なら今現在も、なんだか「もどかしさ」を感じています。
客観的に、理路整然と説明できることだけが全てじゃないとは思います。
でも自分が体験したことを、安直に「神秘的なもの」のように扱うのは、なんか違う気がする。
というか、そういう「神秘」めいたものを前面に押し出してしまうと、世間の人たちから
「心理学とかカウンセリングって、地に足つかないものなの?」
っていう印象を持たれてしまう気がして、カウンセリングに行くハードルが変に上がっちゃう気がしています。
特に私は「機械エンジニア」であり、ずっと工学の世界に身を置いてきた人間です。
それに、大学院での研究などを通じて、アカデミックの世界もちょっとかじっています。
まあ・・・ようは「割と理屈っぽくて、面倒な人間」だと思います。
当然っちゃ当然なんだけど、今までいた世界では「自分の感覚だけ」で物を言うことは基本NGで、根拠や客観性が重んじられてきました。
そういう立場からしても、「カウンセリング・心理学は神秘的なもの」とするのには、ものすごく抵抗があります。
「心理学研究法」を学んでいくよ
そんなモヤモヤが我慢できなくなった結果
「じゃあいっそ、心理学ではどうやって心を研究して、なにを解明しようとしているのか、ちゃんと調べてみようじゃないの(`・ω・´)」
と、へんちくりんな結論に至りました。
もう少し具体的にいうと「心理学研究法」と呼ばれる、(主に定量的な)心理学の研究をするための方法論について学んでいきます。
・・・まぢで、機械エンジニアが趣味でやることじゃないのよ😇
(「心理学研究法」は心理学系の方たちからも、一番人気がない分野ということで有名)
ちなみに、勉強に浸かっている教科書は以下の「心理学研究法 — 心を見つめる科学のまなざし 補訂版」です。
「科学的ってどういうこと?」みたいな、ベースのところから書いてくれてて、おすすめ(*´艸`*)
実は現在通っている心理学のゼミでは、すでに月に一度「心理学研究法のプチ講座」をやらせていただいています。
このブログでは、そこで扱った内容や、実際に出た疑問・議論なども踏まえながら、
「心理学は心をどのように研究しているのか」
について、自分なりに整理し、発信していこうと考えています。
明らかに一般受けしない内容だけど・・もしご興味ありましたら、お付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>

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